どこにもない軍隊
昭和二六年、四十歳にしてやっと『青い真珠』で監督デビューした本多さんは、二九年の『ゴジラ』をきっかけに特撮映画の造り手として活躍していく。
「クロさん(黒沢明)が本当に、主人のシャシン見ると性格が出てるよねえって。あんなに大勢の軍隊が出て、戦車が出たり、人間がワーッて逃げてるときも、ちゃんと交通整理してる人は交通整理してるし。あのへんの几帳面さってのはすごいねえって言ってましたけどね。やっぱり、そういう性格だったんでしょうねえ。それと自衛隊の部分なんかは戦争の体験がありますね。ただやたらに烏合の衆動かしてるというのじゃなくて」
僕は前に、本多作品が演出的な部分では「反戦」から逸脱していると書いたが、それはいわゆる「東宝自衛隊」のいきいきとした描写からもわかる。
たとえば『キングコング対ゴジラ』では、キングコングを輸送するために、自衛隊員が大の字に眠っているコングの巨体にガリバーに群がる小人のようにネットを張って、ヘリウムを注入した風船を膨張させる。その準備の過程が延々二分間は続く。
なくても話はつながるので、リヴァイバル版ではカットされたほどだ。しかし、本多演出はそれを丹念に見せなければ気がすまない。そのこだわりが、他の監督にはない醍醐味なのだ。
野外でも、ホテルでも、有事の際にはどこでも移動司令部になる。「ただちに所定の位置に待機せよ」「間もなく攻撃開始。今なお危険区域にある者、ならびに誘導隊は、ただちに地下鉄に避難せよ」「第一プラス線よし、第一マイナス線よし」……歯切れのいい軍隊口調も印象的だ。
「自衛隊が本当によく協力してくれているということにすごく感謝してましたね。あれは主人の人徳だと思います。主人は話すのが上手じゃないけど、一生懸命必要性を説明したことが結局自衛隊の方に通じて、あれだけのことをしてもらえたんだと思いますね。やっぱり迫力が違いますしね。作品がすごく大きくなりますよね」
本多監督の熱意にほだされたのか、自衛隊は映画の撮影に合わせて火器演習を行うなど、多大な協力をしている。
また、本多作品で自衛隊員を演じる役者は、背景に小さく写るエキストラの一人一人までみな堂々としている。それぞれが意味のある役割を演じる群衆劇なのだ。
だから、他の映画なら顔もわからない大部屋俳優たちがいちいち客に印象づけられる。実際、大部屋俳優にとって本多作品は実に演じがいのある仕事だったという。
多くの人間が目的遂行のために徹底して合理的に動く機能美。それは、一方では非情さとしてあらわれる。戦車は鉄道の柵を踏みつぶして進撃するし、ビルや街に逃げ遅れた人々が残っていても、命令一下、砲撃を開始する。
昭和三六年の『モスラ』には、警官が、撃ち殺した人間の手を踏んで銃を取り上げる描写があった。その酷薄さに驚く鳴海さんに、本多さんは平然と言った。
「鉄砲が当たったら全部死ぬもんだと思ったら大マチガイ。当たり所によっては絶対に即死にならない。これは戦場の常識です」
戦争映画は、軍隊の非情さを描くか、美しく描くか、いずれかに分かれることが多いが、本多監督はその両方を同時に描いてしまう。
しかし、彼は軍隊の合理性と機能美のみを描くだけで、精神性を加味することは一切しない。機械のように正確無比な「東宝自衛隊」について、あれは現実の自衛隊とは違うと本多監督は語っている。
上部の恣意で何度も召集され、内務班の陰湿な人間関係や無意味な精神主義を憎んでいたという本多さん。
機能美だけが純粋化された「東宝自衛隊」は、本多さんにとって、あるべき軍隊だったのだろうか。
切通理作