本多監督の作品に、ものごころつく頃にはTVで接していました。成人する頃には丁度名画座等で特撮映画を特集上映していたので、幼少の頃に受けた強烈な印象を再確認する幸運に恵まれた事を、今更ながら思い起こします。
最近になってこのサイトの存在を知り、本多猪四郎さんの生前の人と成りについて、これまで知り得なかった事実を教えていただき、感謝です。今後の皆様の活動の御参考までに、拙い私見を記させていただきます。
本多監督の最晩年の20世紀末の社会情勢と、現代とでは、故人が心を痛めていたに違いない二つの事が、未だに解決されていない様に思います。
一つは核の廃絶の問題です。オバマ大統領の究極の核廃絶宣言があり、米露核軍縮交渉が始まっていますが、核兵器の総量規制をしても、他方で日本などは原爆材料のプルトニウムを東海村の独立行政法人・【日本原子力研究開発機構】が保有し、【高速増殖炉】の開発に血道を開けている有様。その上更に恐怖な事は、東芝.三菱等の原発輸出を政府が支援するというのです。
_日本の原発現地は、どこでもかつては風光明媚な漁師の町だった所です。それが戦後の工業優先の高度経済成長から落ちこぼれを余儀なくされて、電源立地.原子力推進の国策による補助金.交付金に地元の一部保守の利権集団が食いついて、どこでも心ある反対意見を押し切って建設を強行したのです。この構図はチェルノブイリの世界的大壊滅と1999年の東海村JCOの臨界事故(被曝によって3名が死亡.他に近隣住民が深刻な健康被害を行政裁判に訴えるが敗訴し、「野菜に補償しても、人の健康には補償しないのか」と叫んだ。)も変わらず、【山口県の上関原発】計画がやはり地元の反対の中で県が海水面使用許可を出して、行政手続きを進めています。(祝島の反対闘争はドキュメンタリー映画の新作が二本あります。①「祝の島」ポレポレ東中野で上映中②「ミツバチの羽音と地球の回転」-グループ現代制作.見て下さい)
_弱者を犠牲にして繁栄を享受するのは、生前の本多監督の憎む所だったと思います。
_生前の『夢』という黒澤明作品を私達は本多さんとの協同監督作品と思っていますがこの中に、原発事故の後全ての物が海の底に沈む、という話がありますね。第二次世界大戦のマンハッタン計画に端を発する核兵器と原発は半永久的に放射能汚染を齎す意味で同根の物、だからこそ、放射能を無害化出来ない限りは、決して文明として取り入れてはいけない。故人の遺思を敢えて忖度するのを許していただくなら、本多監督は世界に先駆けてこの日本が、原子力文明から脱却するために立ち上がる事を、今正に願っている様に思えてなりません。
それから、夢多い青年時代に三度徴兵、八年間戦争に明け暮れ抑留も体験された本多監督の描く「戦争」は、生死を分ける極限の描写が、フィクションであるからかえって想像力を増して実感されたものでした。一語でいえば、『日常における戦争状況の仮想体験』をさせていただきました。
戦争状況というのは、時所位を問わず、敵がそこにいると認識すればもう戦争は始まってしまう、という理解が出来ると思うのです。
北朝鮮が核開発を進めてプルトニウムを持ち、弾道ミサイル発射の能力を持っているから、軍備が必要で米軍の抑止力に頼るという既成概念で、日本の安全保障は万全といえるでしょうか?
本多監督は、『地球防衛軍』や『妖星ゴラス』の時代に既に、地球規模の危機に対処するためには国家間の機密やエゴを捨てて一つにまとまろう! と呼びかけていました。
現代の日本であれば、政権交代した今こそ米軍の傘の下の対米従属から脱却して、軍隊に依らない自主外交に踏み出す時です。
米軍が駐留しているからといって、北朝鮮のミサイル発射を思い留まる保証にはならず、軍隊はかえって標的にされるし、日本の海岸線に50基超もズラリと並ぶ原発群は航空機の墜落にも耐えられない防御しかないので、日本列島は初歩的なテロで壊滅する危険な状況と聞いています。
《憲法9条を掲げて、世界に軍備撤廃と相互不可侵平和友好条約を呼び掛ける。核文明から脱却を宣言して原発輸出の停止と核燃料サイクルの凍結を決める。》
これこそ、本多監督の偉業を受け継ぐ者がこれからやるべき仕事と思います。
本多監督作品の上映をするなら、『青い真珠』と『続・思春期』を観たいですね。数少ない太平洋戦争物も。残酷さで知られた帝国陸軍で戦争を全て体験して、尚かつ心優しさを保っていた故人の精神性に触れる事は、戦争体験を語り継ぐ上でも最上級の方法と思います。御生誕100年を契機に、遺作の永久保存の機運が生まれる事をお祈り申し上げます。